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広い地球で小さく生きる

自由に気ままに。沖縄在住の大学生。

新しい人生の追体験。「掏摸」

 

 中村文則「掏摸」。第四回大江健三郎賞受賞作品。読了。

 

小説は、幾つかある本というカテゴリーの一つであり、娯楽の意味合いが強いもの。本を読む動機には、「賢くなるため」「仕事に生かすため」などがあり、小説はそれには全くとは言わないが当てはまらない。

しかし、小説には、哲学書や自己啓発本にはない、魅力がある。何と言っても、他人の人生を追体験できることである。

 

「掏摸」の主人公の人生は私のこれまでの人生と真っ向から対立し、読み終えた頃には、私は以前の私には戻れなくなっていた。

 

<以下、ネタバレあり>

主人公は、無意識的に掏摸、つまりは犯罪を行なっていた。作中で主人公はある一人の男に運命を握られる。木崎という、運命論を持つ男である。

木崎は、運命を信じていた。他人の運命を自分が支配することに快感を感じていた。彼が行う犯罪には、周到な準備、計画がなされ、完璧に実行された。無意識的に掏摸を行なっていた主人公とは対照的である。

その主人公は、木崎に仕事を任され、失敗すれば殺されるという運命を、木崎によって課された。主人公は上手くその仕事を全うしたが、木崎の手によって、汚いビルの狭間で、撃たれた。
木崎にとって、最初から主人公はここで死ぬことが決まっていた。全ては計画の内だった。そして、それ場に居合わせたことに快感を感じていた。

窮地に立たされた主人公だったが、木崎が去った後、ポケットに500円硬貨が入っていることに気がついた。それは無意識的に他人から盗ったものであった。その硬貨により、描写はなかったが、通行人に自分が倒れていることに気づかせ、きっと、助かったのだろう。木崎の描いた運命に逆らうことができたのである。

木崎の運命論では、このような偶然は存在しない。想像するだけで、退屈だ。
結局、木崎の描いた主人公の運命は違うものへと変化した。

 

私には、今現在家族以外で、家族と同等な大切な人が一人いる。この本を読み終え、彼女との出会いは運命ではなく、偶然ということにしよう。
その偶然を大事にしよう。彼女に、強制することはやめよう。木崎のように、自分の欲望のため、うまいように支配しても、決してその通りになるわけではないのだから。